GT−R打倒?
そもそも三菱GTOはそんな野蛮で下品な車両を目標とはしていない。
GTOはディアマンテとも共用したシャシーではなく、独自である。
GTOは、HSVと言われる先行技術開発車の市販版であり、その時に三菱自や重工が持っている技術の粋を商品化したスペシャリティーカーだ。
打倒GT−Rだったかどうか?それは中谷&大井両名がN1にGTOで参加、そのフィードバックが中期以降のGTOに生かされた。そもそも、サーキット向けに設計された車両ではなく、GTOと言う名の通り、グランツーリスモオリジネーションであり、イタリア・フェラーリの各車両がすべてサーキットに持ちこまれる訳でもない。
一般道や高速道路でいかに安定性高く走行できるか?である。
GTOの先進技術では、アクティブXXXと言われる装備とパッシブXXXと言われる装備があるが、どれを取っても、打倒GT−Rに向いたものは存在しない。
中期に作られたMR(三菱レーシング)グレードは、その日本だけの事情から本来の志が歪んだ証のようなグレードだった。つまり、何も装備せず、ただ単に軽量化とサスペンションセッティングと言うお粗末なグレードで、見事に暴走時代に呑みこまれた形である。
V6ツインターボとフルタイム4WDと言う構成は当時の国内どころか世界的にも存在しないスペシャリティーカーでありながらも、あの下品極まりない、海外では通用しないペラペラな剛性ないGT−Rの嘘の速さに近づけようと駄目にしてしまった。車両重量やそのスペックからも現在の精々Cセグに大排気量エンジンを載せたモデルなので、本来ランサーエボリューションがGT−Rのライバルで良かったのだ。
そこが価格や4WDと言う点からムキになった。それらの責任はベスモなどに登場するプロレーサーにまんまと載せられた。
純粋に、GTOの豪華装備を考えると現在のLC500に匹敵する。
4ホーク・ステアリングにビルトインされたオーディオコントロールスイッチをはじめ、クルージングコントロール、時速180km/h巡航などでは、風切り音など一切なかった。国内最大幅のタイヤとフルタイム4WDのおかげもあり、驚くほど静粛性高く安定した走りだったのだ。
ホイルベースも異なるディアマンテなどには無い、リアサスは、アイバッハが関与したトレーディング+ウイッシュボーンと言うマルチリンクサスで、45:55と言うFRに近い駆動配分からスポーツカーらしい安定した走行を実現していたのだ。
巷のGTOを振り返る記事では45:55の駆動配分に触れている記事が見当たらない。
1680kgと当時の車両では1500kg切る国内専用剛性が普通だった時代では、グローバル販売していたGTOがあまりに重く思えたに違いない。しかし、その重さはV6ツインターボ+4WDと考えた場合、現代ではかなり軽量なスポーツカーとも言える。新型NSXやLC500などを見ても、高価な材料を駆使してさえ、それに至っていない。GTOでは、超高張力鋼板を多様し軽量化を実現している。
それは現代では当たり前な手法であるが、当時=25年前では未来技術を先行していた物である。
また、40kgmを越えるトルクを受け止めるトランスミッションが国内製では見当たらず、鏡面加工技術を駆使したゲトラグ社と共同開発したフルタイム4WD用ミッション。それは、まさにポルシェであろうが1億円クラスのスポーツカー向けがやっと開発されつつあった時代であり、パートタイムなGT−R用4WDシステムとは、比較にならない。その時代ではベンツであろうが、BMWであろうが乗用車AWDモデルがまだ、開発途中だった時代である。