日本の戦中での戦いは、ゼロ式戦闘機が有名であり、その設計コンセプトは現代のランエボとインプレッサSTIへ受け継がれている。
ゼロ式戦闘機は、三菱重工が、同盟国ドイツから最新テクノロジーを受け、小型エンジンでも大排気量並みの出力を可能にするターボチャージャー技術を受けた。
そして、人工金属であるアルミニュームをさらに強度硬化させたジュラルミンと言う当時全く新しい金属をボディーに使用し大幅な軽量化を実現した。
プロペラはまだ町工場だったホンダが制作し見事な精度でのプロペラを製造、計測機器は古野電気やら東京計器など現在も公共系システムで活躍しているメーカーが参画した日本の最新技術集大成プロジェクトであった。
中期以降のゼロ戦はライバルでもあった富士重工の前身である中島製作所の隼に搭載されていた現代で有名な水平対向エンジンの原型である星形エンジンを三菱製ターボと組み合わせ当時1000psを超える出力を誇っていた。
時は代わり、現代でのゼロ戦に匹敵する戦闘機は?
敗戦後昭和29年まで日本は米国より航空機製造や開発を止められていた。昭和27年に自衛隊の前身警察予備隊ができた時も航空機は止められていた。
昭和29年になり、自衛隊に航空組織が発足し、その後米国製のF86戦闘機が順次配備、その際、日本の航空機一部解除と言うこともあり、YS11やらT−1なども開発され日本のコンピューター技術の発展やら国産航空機製造と言う可能性が生まれた。
それからさらに1970年以降、純国産戦闘機F1が生まれ、1990年には、ゼロ戦を彷彿させるF2の開発配備となる。
セロ戦とF2とはコンセプト(設計思想)が同一である。
ゼロ戦は、現在では航空機では当たり前のジュラルミンを使用し、当時の他の航空機と比較して大幅な軽量化を成し得、運動能力、航続距離を伸ばした。
F2では、カーボンを使用し、同様の効果を得る世界でも初めての航空機の羽へ採用する。
カーボンは非金属であるため、ステルス性(レーダに反応しない)がそもそもその材質にあり、当時米国で開発中であるステルス戦闘機とは違うトライである。
しかし、ここでも敗戦からの完全な独立国家ではない問題が様々浮上する。
日米貿易摩擦による航空機購入を政治的な圧力で米国から強いられ、さらには、エンジン、車体設計などもやはり米国としては日本に設計、製造をさせたくない強い圧力が加わる。
あの大国である中国でさえ、ボーイングなどの旅客機を購入しているほど、米国は世界の航空機を独占支配したいと思っているようだ。
結果、F16と言うすでに米国側からしてみれば次期主力戦闘機には到底敵わない程度の戦闘機であり、それでもエンジンの提供での米国議会で否決やら随分揉めながら、「日本技術を貰う約束で可決」となり、米国は多額のF16設計情報と無償の交換で最新のカーボン使用翼開発の情報を手に入れることになる。
現在の戦闘機ではF22が最高峰と言われステルス性、速度・迎撃力とも世界一の能力である。
F2は性能が良くても、当然であるが実践と言う処では未知であり、本来の能力を発揮させるには至っていない。
かなりF16から改良されているが所詮2世代前の航空機設計であるため、カーボン等の特徴で最新の戦闘機と同じ水準ではない。
一番はエンジンが全く話にならないほど老朽設計である。いくら軽くとも絶対力には敵わない。
いつもは車の話題であるが、今一度国防について考えてみるべき時に来ている。

日本は経済大国の維持にいくつかの重大な費用を使用し成り立っていると思う。
世界の平和や安全が保たれなければ経済活動すらできない。
エネルギーが無ければ、製造すらできない。
資源がない日本は外国に頼るしかない。
米国との同盟関係があるから侵略されずに大国維持ができる。
それらが複雑に絡みその時の最善で生きて行くしかない。

しかし、世界の経済が崩壊しそうになっている。金融不安である。
そして10年前に起こったテロである。
米国の経済競争力も陰り、過去最悪の財政赤字。
日本もEUも同様で行きずマリ感がある

日本の竹島、尖閣列島、北方領土などの領土侵略があり、防衛費削減と高齢化による圧迫。
さらには、装備、配備の老朽化。
それらが、冷戦ではない現代で侵犯などの問題を引き起こしている。
三菱重工のFSX開発(F2)当時の代表が話した言葉に魅かれる。
「防衛産業で日本のお役に立てなければ、三菱が存在する意味はない。儲かるからやる、儲からないからやらないではなく、もって生まれた宿命と思っている」
まさに、坂本竜馬や岩崎弥太郎の志を感じる言葉である。
その持って生まれた宿命と言う言葉は、今の日本人にあるのだろうか?
儲け優先での物作りだけでは、日本国の国益には不足していると感じる