ゆとり教育が問題だったのだ。確実にそう思う。
1900年以降日本は教育に対して現代よりも遥かに厳しかった。
私の子供のころも、かなり詰め込み教育であり、自分の子供よりももっと突っ込んだ勉強を強いられていた。
さらに私の子供の頃は所得格差をそれほど感じなかった。
ゲーム機などもなく、パソコンもなく、余計な時間を別に取られることなく外で遊ぶくらいで集中出来ていた。
それが、1980年以降ゲームやらゆとり教育やら日本の教育水準は世界に対して相対的に落ちている。
大企業化した自動車メーカー幹部の世代はまさに、私の子供のころと同等世代がけん引してきたが、現代の中心となる技術者、さらには日本人技術者は随分とレベルが低くなっていると感じる。
アロンソが神がかりなドライビングをしても、マシンがもたない。
バトンは、電気系トラブルで論外だった。
ファラーリやベンツなど、安定的な強さを示し同じ先進国であるそれらの国と比べ日本は、官僚の思い込みでゆとり教育等を行ったツケがまさに、今の日本低迷を示しているように思える。
常に相対的になのだ。
ホンダの現F1責任者の持論では、1960年代のF1は井戸の中での競争と称している。
それは大きな間違いであり、どの時代も他に負けないだけの相対的な実力を持ったものが勝つ。
どんなに優秀と思って入社しようが、世界のレベルに達しているとは言い難いのだ。
昔ホンダF1の技術者がフェラーリに移籍した際、年棒がケタ違いだったらしい。
それだけEU圏の技術者はその価値に見合う年収がある。
ところがアジア圏では、経営者は年棒が高いが技術者は粗末に扱われる傾向が高い。
そこも日本が低迷している原因だ。
企業優先で、技術者個人に対する尊敬や敬意、それに相応する対価があまりにも低い。
立場は人を育てると言いながらも、育つだけの能力が無ければ育たないのだ。
また、日本の優秀と言う高学歴にも問題が多い。
有名大学や国立大学卒ばかりが優秀な訳がない。
習っただけの知識程度で試験に優秀でも、芸術家に近い生みだす技術者はそれだけでは不足している。
サラリーマンと言う縛りの中からは中々難しいのかも知れない。
昔のホンダは下町の町工場に限り無く近い。そこには安定所得を得ようとした人材が集まっているのではなく、イノベーションが行える場、つまりは、今は町工場でも、革新的な新技術を持って大企業に負けない技術力が企業を成長させる。その可能性を求めて集まったと思われる。
つまり、東芝しかり、日本の大企業が傾いているのは、企業として満足している安定企業ばかりが優遇され続けた結果、1990年以降挑戦的にイノベーションを起こせる企業が生まれ成長していない。
それが日本の基幹産業である自動車産業ではもう創業100年近い企業ばかりで、イノベーションを起こす生き生きした企業が生まれていないのだ。
このままでは、成長著しい中国をはじめ、新興国の新参自動車メーカーが昔のホンダのように出てる可能性がある。それにしても不甲斐ないホンダF1だ。もう参戦する事が恥に感じる。